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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3229号 判決 1970年9月22日

原告 河村咲子

被告 東京都

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告)

「被告は原告に対し金五、五四〇円及び内金五、四四〇円に対しては昭和四二年四月二四日以降、内金一〇〇円に対しては昭和四三年四月一五日以降各支払済にいたるまで年五分の割合による全員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

主文と同旨の判決。

第二原告の主張

(請求原因)

一  原告は昭和三九年九月三日その夫キミオ・コクブと離婚したが、その際、同人から離婚による慰藉料の支払及び財産分与として別紙目録記載の不動産の所有権の移転を受け、昭和四一年一一月二一日右不動産につき贈与を原因とする所有権移転登記手続をした。

二  ところが、東京都目黒税務事務所長は原告に対し昭和四二年四月一〇日付処分をもつて税額を五、四四〇円とし、また同年五月一一日付処分をもつて税額を一万九、一六〇円とする各不動産取得税の賦課決定をした。

三  しかし、右各処分は重大かつ明白な次のような瑕疵があるから、無効である。すなわち、

(一) 原告が右不動産を取得した原因は前記のとおりであつて、実質上夫婦共有財産の分割にほかならないから、不動産取得税の課税対象となり得ないものである。もつとも、原告はその所有権移転登記については贈与を登記原因としたが、それは不動産登記法上、他に適当な登記原因がなかつたからにすぎない。

(二) そして、税制上、実質主義という課税の基本原則が存し、財産権移転の行為の形式よりも、その実質に着眼し、また、これによつて実現された経済的結果に対する税法的評価を重んずべきものとされているが、右各処分は地方税法七三条の二、一項の解釈適用上、右基本原則に背き、原告の右不動産取得原因の実質を看過したものである。

四  原告は前記各処分のうち、昭和四二年四月一〇日付処分につき同月二四日その課税額五、四四〇円全額を、また昭和四二年五月一一日付処分につき昭和四三年四月一五日その課税額一万九、一六〇円の内金一〇〇円を各納入したが、いずれも納入すべき法律上の原因がないから、被告はこれにより不当に利得したものである。

よつて、原告は被告に対し右納付金に、その納付日から支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による法定利息を付して返還を求める。

(抗弁についての答弁)

前記不動産がキミオにおいて原告との婚姻前に取得して以来、所有していたものであることは認める。

第三被告の主張

(答弁)

一  請求原因一の事実のうち、原告がその主張の日、夫キミオ・コクブと離婚したこと、原告がその主張の不動産の所有権の移転を受け、その旨の登記を経たことは認めるが、その原因が離婚による慰藉料の支払及び財産分与であつたことは不知。その所有権移転の時期が昭和三九年九月三日であつたことは否認する。その時期は右登記手続がなされた昭和四一年一一月二一日である。同二の事実は認める。同三の事実のうち、原告主張の課税処分に重大明白な瑕疵があつたことは否認する。原告が右不動産の所有権移転登記につき贈与を登記原因とした理由は不知。右課税処分が原告の右不動産取得原因の実質を看過したものであることは否認する。同四の事実のうち、原告のその主張の不動産取得税を納付したことは認める。

(抗弁)

一 不動産取得税は一種の流通税であつて、不動産所有権の移転または原始取得の事実があれば、特に法において非課税とされる場合(地方税法七三条の三ないし七に限定列挙される。)を除き、その課税客体となるものであるから、離婚に伴う財産分与による不動産所有権の取得が財産分与というだけの理由ですべて非課税となるものではない。ただ、婚姻中に夫婦の協力によつて取得した不動産を婚姻の終了に際し、精算、分割する趣旨の財産分与にあつては、形式上配偶者の一方の所有名義に属する不動産につき、実質上他の配偶者に帰すべき潜在的所有権を確定するものと観念され、地方税法上の課税原因たる不動産の取得に該らないとされるのである。

二 しかしながら、原告がキミオ・コクブから取得した不動産は同人が原告との婚姻前に取得して以来、所有していたものであつて、原告とキミオとが婚姻中協力して取得したものではないから、原告の右不動産所有権の取得は仮に離婚に伴う財産分与によるものであつたとしても、当然に不動産取得税の課税の対象となるべきものである。

第四証拠<省略>

理由

一  原告が昭和三九年九月三日その夫キミオ・コクブと離婚したこと、原告がキミオから別紙目録記載の不動産の所有権の移転を受け、昭和四一年一一月二一日右不動産について贈与による所有権移転登記手続をしたこと、東京都目黒税務事務所長が原告に対し昭和四二年四月一日付処分をもつて税額を五、四四〇円とし、また同年五月一一日付処分をもつて税額を一万九、一六〇円とする各不動産取得税の賦課決定をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、右課税処分の適否について、考察すると、離婚による慰藉料請求権は相手方の有責行為によつて離婚のやむなきにいたつたことによる精神上の損害の賠償を目的とするものであるが、これに対し、財産分与請求権は制度上、婚姻中の財産関係の清算、離婚後の扶養及び離婚に対する慰藉のいずれか、または、そのいくつかを目的とするものであると解される。従つて、離婚に際し配偶者の一方が他方から不動産を取得した場合、それが地方税法七三条の二、一項所定の課税原因に該当するか否かは、その不動産取得の趣旨ないし目的如何にかかつている。すなわち、不動産の取得が婚姻中の財産関係を清算する趣旨の財産分与による場合には、それが夫婦いずれに属するか明らかでないため夫婦の共有に属するものと推定される財産(民法七六二条二項)についてなされたものである限り、形式的に財産権の移転が行なわれることはあつても、当然の所有権の帰属を確認する趣旨にすぎず、これによつて実質的に財産権の移転が生じるものではないと解するのが相当であるから、地方税法七三条の二、一項所定の課税原因には該らないというべきである。これに対し、不動産の取得が離婚に対する慰藉または将来の扶養を目的とする財産分与による場合には、これによつて実質的にその不動産所有権の移転が生じるものと解するのが相当であるから、前記課税原因に該当するといつて妨げない。そして、夫婦の一方が、婚姻前から所有し、または婚姻中自己の名で取得した財産を財産分与に供したときは、特段の事情がない限り、離婚に対する慰藉または将来の扶養を目的としたものと認めるのが相当である。

これを本件についてみると、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第六号証並びに原告本人尋問の結果をあわせ考えると、原告はキミオとの離婚後、同人から将来の生活保障及び離婚に対する慰藉のため前記不動産の分与を受けたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はなく、また、右不動産がキミオにおいて原告との婚姻前に取得して以来所有していたものであることは当事者間に争いがないから、原告はキミオとの離婚に伴い同人からその特有財産たる右不動産の所有権を承継取得し、実質的にその所有権に変動が生じたものというべきであつて、原告の右不動産の取得は地方税法七三の二、一項所定の課税原因に該当するというほかはない。

してみれば、東京都目黒税務事務所長が原告に対してなした前記各課税処分にはなんらの瑕疵がないものといわざるを得ない。

三  よつて、右課税処分の無効なることを前提として被告に対し原告の納付した金銭の返還を求める原告の本訴請求はその余の争点を判断するまでもなく理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 小木曾競 山下薫)

(別紙)<省略>

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